「大丈夫?」
「…えぇ…平気、です」
突然降り出した雨。
持っていた折り畳み傘を出せば、当たり前のようにキャンディが持ってくれた。
けれど柄を掴んでいる手は震えていて、顔色は青く、今にも倒れそうだ。
「やっぱりどこかで休んだ方が…」
「いえ…大丈夫、です…から」
そう言って微笑んでくれているけれど、どう見ても大丈夫にも平気にも見えない。
このまま歩いて学校へ戻るより、どこかで雨宿りした方が良さそうだ。
そう考え、雨宿り出来そうな場所がないか周囲を見回せば、少し先にある大きな木の下に茂みに隠れるよう置かれているベンチがあった。
「キャンディ、あそこまで歩ける?」
「…えぇ…」
傘を持つキャンディの手に腕を絡め、少し手を伸ばして柄を持つ彼の手に自分の手を重ねる。
雨に濡れてはいないはずなのに、氷のように冷たくなっているその手は…キャンディの具合の悪さを表しているように思えた。
ベンチは木のおかげであまり濡れていなかったけれど、時折木から落ちる雫が冷たい。
「小降りになるまで、傘…さしてた方がいいね」
「…すみません。折角、外に出たのに…」
「キャンディと一緒にいられるなら、学校でも外でも…どこでも嬉しいよ」
これ以上キャンディが気遣わないようにっこり微笑むと、それに応えるよう弱々しく笑い返してくれた。
でも、その笑顔が…痛々しい。
そんな状態でも傘を持とうとしていたので、さっきまでキャンディが持っていたのだから、次は自分が持つ!と半ば強引に奪った。
「…ありがとうございます」
お礼を言って俯いたキャンディの顔色はさっきよりも悪くて、呼吸も荒い。
もしかしてこのまま倒れてしまうんじゃないか、と思うほどだ。
座っているよりも身体を横にした方が楽なんじゃないかな…
そう考えたけれど、横になるにはこのベンチはキャンディには少し小さい。
それなら…と考え、彼の肩に手を回して、そのまま自分の方へ抱き寄せた。
否 ――― 自分の膝の上に、彼の頭を乗せた
「あ、あの…」
もう少し抵抗されるかと思ったけれど、そんな力も…今のキャンディにはないらしい。
躊躇いがちに見上げてくるキャンディに、声が震えないようしっかりお腹に力を入れて言う。
「横になってる方がラク、かなって…」
「ですが…」
「…膝枕、いや?」
こう言えば、キャンディは嫌だと言わない。
それがわかっているとはいえ、ちょっと…恥ずかしい。
徐々に赤くなっていく顔を隠すわけにもいかず、そのまま驚いた表情の彼から目を逸らさず返事を待つ。
やがて、雨が降り出してから…初めて、キャンディが柔らかく微笑んだ。
「…いいえ、とても嬉しいです」
「ホント?」
「はい…」
弱々しいけれど、さっきとはどこか違う笑顔にホッと胸を撫で下ろす。
雨は、彼にとって…いいものではない
決して消えることのない、苦い記憶があるから…
「すみません…お言葉に甘えて、少し…休ませて頂いてもいいですか」
「うん」
「…ありがとう、ございます」
そういって目を閉じたキャンディの顔は、痛みに耐えるよう…眉間に皺が寄っていた。
過去は消せない。
してしまったことも、なかったことには出来ない。
でも、今、こうして生きているのだからこそ…新しい何かを、生み出すことが出来る。
ぽつりぽつり
木々の合間から落ちる雨粒が、傘に当る。
その音、ひとつひとつが細い矢となってキャンディに突き刺さっているかのように、あたしには分からない痛みに顔を歪める。
キャンディの痛みは、彼にしかわからない。
でも、苦しんでいるキャンディを見ているだけで何も出来ないのは…とても、辛い。
彼を苦しめている痛みが、少しでも和らぐように…
少しでも、その痛みがあたしに移るように…
そんな気持ちを込めて、未だ辛そうな顔をして目を閉じているキャンディに顔を近づけた。
静かな雨音に隠れるよう、重なる唇。
重ねた唇を離すと同時にゆっくり目を開ければ、驚いて見開かれたキャンディの視線とまっすぐぶつかる。
「…どうし…」
「…あたし、キャンディが好き」
「…」
「雨が、キャンディにとって辛いものでも…今、こうしてる時間も…雨の出来事なの」
そういって、もう一度…キスをする。
今度はさっきよりも長く、ちゃんと触れているってことを受け止めてもらうだけの時間…しっかり、重ねる。
ぎゅっと閉じていたままの唇をそっと離して、あたしが目を開けても、暫くキャンディは目を閉じていた。
「あの、ね…覚えてて。キャンディの辛い記憶と一緒に、こうしてあたしと一緒にいて、少しでも楽しいって、幸せだって思える時間があったってこと」
「……」
「大好きだよ…キャンディ」
こんなことは、なんの解決にもならない。
ただ、自分の気持ちをキャンディに押し付けたにすぎない。
でも…伝えたかった。
こうして二人で大きな木の下で雨宿りをして…一緒に過ごしているこの時間も、雨の記憶になるのだと。
記憶は消せなくとも、楽しい事があれば…僅かでもその痛みは薄れるんじゃないだろうかという気持ちも…
そこまで考えて、ふとある事に気付く。
あたしがこんなことしたのが更に雨が苦手ってのに輪をかけたらどうしようっ!!
改めてキャンディに聞くべき?
…って、何を聞くの?
キス好き…いやいやいや、違うでしょ。
キスしても良かった?…って、もうしちゃったってば!!
――― まさに後の祭り…
「うわぁぁっん、どうしよーっ!!」
「どうかしました?」
思わず声を出してしまってせいか、膝の上のキャンディが驚いたようにこっちを見ている。
「あ、や、単なる独り言…」
「…もしかして、キスが嫌だったんじゃないか…なんて考えてました?」
「っ!!」
「ふふ、図星みたいですね」
ぽつり、ぽつり…
雨は変わらず降り続けているし、傘に雨も落ち続けてる。
でも、キャンディの表情は…さっきまでと、随分…違う。
下から伸びてきた手が頬に触れ、そのまま優しくあたしの髪を撫でた。
「…嬉しかったです」
「……」
「こんなに僕を、想っていてくれるなんて」
「…い、いつも想ってるもん」
「えぇ…ですから、その気持ちに…甘えてもいいですか」
「え?う、うん」
こくりと頷くと、春の日差しのように温かな笑顔が…ひっそり咲いた。
「このまま、僕に…甘い記憶を、下さい」
その言葉を最後に、髪を撫でていた手に力が入り…そのまま膝の方へ抱き寄せられた。
しとしと、しとしと…
雨は、まだ止まない
傘の下…二人のキスも、まだ…当分終わらない
キャンディに夢を持ちすぎている気がしてならないのは、きっとキャラCDの甘さのせいです。
あれを聞いた後に本編を読むとギャップがある意味凄いっす(苦笑)
辛い記憶とリンクしてる雨を消すことは出来ないので、上書き…というか薄める…というか。
そんな感じを書きたかった、のですよ〜…上手く出来てないけど。
ちょっとでもキャンディが幸せであればいいんです。
一番幸せなのは私ですけどね(おいっ)